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リアルコム株式会社 〜ソフトウェアは、もっともっと世界を変えられる〜
竹内克志氏 竹内克志氏
リアルコム株式会社 取締役CTO (最高技術責任者)

デジタル・イクイップメント・コーポレーション日本法人にて、OS関連のソフトウェア開発に9年間従事。
うち1987年-1988年の1年間は米国ニューハンプシャー州で勤務。その後インフォミックス日本法人でのソフトウェア開発を経て、1994年にロータス・デベロップメント・コーポレーションに入社。1998年から2003年まで、米国において、ロータスノーツ国際化プロジェクトチームのマネージャーとして活躍。
2003年にリアルコム株式会社入社、取締役CTOに就任。
九州大学工学部卒、九州大学大学院総合理工学研究科(情報システム学)修了。
Q:
ロータス在職時に米国勤務を数年間経験されていますが、渡米のきっかけは何だったのですか。
竹内:
当時ロータスノーツは既に国際化が進んでいて、日本語バージョンもほとんど問題なく使えていました。ところが新しいインターネットの標準が入ってきたときに、日本語バージョンに変換する際に問題が起こるようになり、その対応が米国のチームだけではできなくなってしまいました。
そこで最初に始めたのは、日本人エンジニアを米国に送り込んで米国のチームと話をさせることでした。そうすると米国側のチームも、自分達が日本の状況を理解できていないことを認識するので、おのずとそのエンジニアをチームに取り込んでいく。そういうことを最初はやっていましたが、最終的には自分が乗り込むことになってしまいました(笑)。
Q:
「もうおれが行くしかない」と(笑)。
竹内:
乗り込んだほうが良いかなと。あまりにも大きな変化が起きていたので、このままではまずいと思っていたときに、ロータスノーツの国際化チームをつくるからマネージャーをやってくれという話が来たんです。
当初「とにかく国際化をきちっとやるチームを作ってくれ」といういい加減な話(笑)を持ちかけられたときに、何かリクエストがあるかと言われて、「じゃあ世界中に散らばっているエンジニアから優秀な人を10人くれ」と言ってみたら大体その通りになってしまった(笑)。
チームのメンバーは中国、台湾、アイルランド等から集まり、各メンバーが世界中とコネクションを持つリーダーとして、国際化の製品開発及びテストを世界の中心チームという位置付けで行いました。
Q:
米国で仕事をされて、日本との違いは感じられましたか。
竹内:
米国では、日本よりもエンジニア主導で動いているということですね。エンジニアが製品開発するための組織というのが、しっかりとできています。
エンジニア自身がアイデアを持って、それを実行に移していて、そこに他のアイデアも入れてやろうくらいの感じで、まさにエンジニア主導です。
Q:
その後日本に戻られましたが、そのきっかけは何だったのでしょうか。
竹内:
リアルコムに入るために辞めて戻ってきたんです。2001年から誘いを受け、初めは無理だとお断りしていました。無理だと言っていれば誰かを雇うだろうと思っていたら、2年間経ってもまだ言ってくる(笑)。
結局リアルコムに入ることになりましたが、入ってみたら、メンバーとして良い人材はいるのだけれど、ソフトウェアの開発の仕方を分かっていないというか、教えてくれる人がいないような状況でした。全体が分かっていないので、言われた機能を作っているだけという状況でした。
もちろんそのようなやり方に良い面もありますが、ただ言われたものを作っているだけでは競争力のある製品は生まれない。考えてつくれ、という話をしました。そう簡単にはいきませんでしたが。
Q:
御社の米国での事業内容を教えてください。
竹内:
これまで、米国では ”FileServer intelligent” という新しい製品の開発及びマーケティングと ”Social Feed” というサービス提供のための開発を行ってきました。
”FileServer intelligent” は、統制がとれず無法地帯になっているファイルサーバーの管理レベルを向上させ、コスト削減やコンプライアンス対策強化を実現するソリューションです。
”Social Feed” は、それぞれの人に対して、その人が必要な情報を提供するサービスです。自分が関心ある分野を自ら選択すると、自分と関心分野が似通った人が求めている情報をも取得することができるという機能を持っていて、現在オープンベータ版をリリースしています。ただ、2008年からの体制変更に伴って、米国の役割にも変化があります。今後は、既存製品の KnowledgeMarket の製品管理および新しい技術の調査研究に移行していく予定です。製品ラインの担当の役割は変わりますが、リアルコムのソリューションを世界に展開していくための重要な拠点であるという位置づけには変わりありません。
Q:
米国で事業を展開しようと考えた理由は何でしょうか。
竹内:
製品の国際化、人の国際化をしたいと考えていました。ソフトウェアに関しては、日本でやっているだけでは駄目です。マーケットを自国に限る必要は全くない。世界で売れる製品を作って、マーケットを世界に広げれば、それだけ開発にコストをかけることができます。
また、日本人だけで製品の国際化、といっても絶対に無理です。典型的なのはスケジュール表ですね。日本だとイメージのベースにあるのは会社にあるホワイトボード、入退室管理表ですね。したがって、基本は共有で、どこを隠そうかと考えます。米国では逆で、個人メインです。したがって、まず個人のスケジュール表を作って、共有できるところを共有しようと考えます。
タイムゾーンや夏時間の問題もあります。日本ではタイムゾーンという概念がないので、日本で使用するためにつくられたソフトウェアの多くは、世界中の多くの国や地域で必要となる複数のタイムゾーンや夏時間には対応できていません。
Q:
国際化対応にあたって人の国際化も必要ということですね。
竹内:
申し上げたようないろいろなことがあるので、「良く分からないけどちゃんと国際化しておこう」と(笑)。いろいろなベースの人が入らないと、世界で売れるソフトウェアをつくるのは難しいと考えています。日本のオフィスでも米国等から人材を採用しています。
Q:
米国で事業展開されて良かった点はありますか。
竹内:
シリコンバレーでは、優秀なエンジニアを雇うのが非常に簡単です。個人レベルで、パートタイムの条件での雇用がものすごく簡単にできてしまう。その人が生業としてそういう働き方をしている場合もあるし、他の企業に勤めている場合もあります。日本だとあるレベル以上の仕事を依頼しようと思ったら、フルタイムで採用しなくてはなりません。コストもかかり、非常に大変です。
Q:
信頼性という点で心配はありませんか。
竹内:
もちろんNDA(秘密保持契約)を締結しますが、人づて、というのがすごく重要です。エンジニアのコミュニティがシリコンバレーでは非常に強いので、そこから得られた情報は信頼がおけます。一度良い仕事をすればさらに良い話が来る、良い評価が口コミで伝わっていく。逆に良い仕事をしていないと、シリコンバレーでは生きていけません。
Q:
苦労された点はありますか。
竹内:
時差による社内のコミュニケーションの問題ですね。米国にいるチームだけが突っ走っているとか(笑)。それから、会社内の情報を英語にするか、日本語にするかということで困っています。英語化を試みていましたが、開発チームは良くても、日本の営業チームが英語に対応できないこともあって、翻訳コストがかかるので、ある程度日本語に戻さなくてはいけないと思っています。
Q:
世界を意識されるきっかけになった出来事はありますか。
竹内:
大学院時代ですね。いろいろと企業を、日本企業も含めて見て回ったのですが、どこの企業もDEC(デジタル・イクイップメント・コーポレーション)のマシンを使い、それを誇りにしているようなところがありました。それを見て、どう見ても米国のほうが進んでいるなと。そこで外資系に行こうと。
当時言われていたのが入社後に英語の試験があって、英語ができる人だけが海外に行けると。そこで初めて英語を勉強しなければと思いました。このままでは一生海外に行けない。「あ、まずい。」と(笑)。
Q:
個人的な質問になりますが、御自身の人生に最も影響を与えた人は誰ですか。
竹内:
父親ですね。父親は私に電気関係のことをさせたくて、ものづくりをやれと。小学生の夏休みの宿題で父が私に作らせたのが、リニアモーターカー。磁石で浮くおもちゃです。
そして今になってすごく感動しているのが、風力発電。羽を付けて、豆電球を付けて、モーターを付けて、風が吹くと発電して電気がつく、という。今は実用化されているのでびっくりしています。
Q:
環境技術の先駆けですね。特許を取っておけば良かったですね(笑)。
竹内:
「ものづくり」と言ったときに、父は「電気」と言っていましたが、私は「コンピュータ」と思ってました。ただ、悩みは、コンピュータと接する機会がないこと。初めはプログラム電卓というのを買って、ボーリングのスコア計算のプログラミングをしていましたが、メモリに限りがあるので、すごくチャレンジングでした(笑)。非常に飢餓感がありました。最近の若い人はうらやましい(笑)。
Q:
人生において、最終目標とされているものはありますか。
竹内:
ソフトウェアで世界を変えることです。ロータスノーツは情報共有の基盤として、世界を既に変えています。皆さんの働き方を変えているはずです。当時大きな脚光を浴びており、4日間のロータスのコンファレンスの参加料が二十数万円、1万枚以上のチケットが1時間で売り切れました。影響力の大きさが伺えると思います。
WEB、インターネットも世界を変えましたが、もっともっと変えられる部分があります。これからも、ソフトウェアが世界を変えられる部分は非常に大きいと思います。自分が作ったものが人の行動を変えていく、これは非常に面白いと思います。
Q:
座右の銘のようなものはありますか。
竹内:
基本的な行動指針は、明日死ぬかもしれないと思って生きていることです。最終的な判断基準はそこに置いています。明日死ぬのに、努力している途中で死んだら、死んでも死にきれない(笑)。もちろん何もしないということではなく、常に刈り取り続けるということですね。5年間ひたすらどこかに籠っていて、出てきたら素晴らしい人になっている、というのはちょっと考えられない(笑)。逆に、悪い面は「じっくりやらない」ということです。そういうところに踏み込まない(笑)。
Q:
とにかく行動することを重視しているということですね。ちなみに読書はされますか。
竹内:
今までは迷いがなかったので、読書をしませんでしたが、最近読み始めました。マネジメントという点で多少迷いが出てきているからでしょう。経営書のようなものを読みますね。
Q:
以前は迷いが全くなかったのですか。
竹内:
ありませんでした。技術を信じて、常に新しい技術を追いかけているだけで、未来が見えていたということが大きいと思います。路上で勧誘をしている人に対して、「何でやってるんですか。」と問い質したこともあります。そしたらその人が逆に迷い始めちゃった。申し訳ないことをしました(笑)。
Q:
ジェトロのサービスを利用されて良かった点はありますか。
竹内:
社員からは、プレゼンテーション指導が非常に良かったと聞いています。馴染みがない英語でのプレゼンテーションですので勝手が違う部分も多く苦労したようですが、ここで指導していただいた手法をいろいろなところで使っているようです。あとはネットワーキングの機会が多いことですね。
ある学生さんがジェトロBICを訪問した際に、うちの社員と会い、うちに興味を持ってくれた、ということがありましたが、実はそれが縁でリアルコムに入社することになりました。
Q:
米国にこれから進出しようとしている日本人、又はベンチャー企業の方に対して、メッセージをお願いします。
竹内:
行動してしまったほうが良いですね。進出しようか、進出しまいか、迷っているよりも。日本をベースに活動することももちろん重要ですが、現状は、バランス的にグローバルなフィールドに出てきている人が足りないと感じています。米国のほうが、考えるよりも動いたほうが良い社会、得をする社会だと思います。
また、そういう人が賞賛される社会です。躊躇せずに、どんどん来て欲しい。そして、米国に来た後に、他の人を巻き込み、自分だけでなく、もっと次に来る人に、可能性のある人達に影響を与えて欲しいと思います。
(編集:酒井宏ニ)

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