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DTS株式会社 〜21世紀の日本のために〜
Q:
(イーストレージネットワークス株式会社を)起業しようと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。
高橋:
成り行きというか、まあやろうかなと(笑)。アトランタの会社で社長をしている僕の友人から仕事を手伝って欲しいといわれて、手伝ってもいいよという感じで、単純に話に乗ったんです。何か志を持って起業しようとしたというよりは、人助けできるならいいかなと思ったんですね。 Q:
米国に進出された理由は何でしょうか。
高橋:
初めから米国で仕事をしようと思っていました。米国との付き合いも長かったですし、友人も多かったので米国人の得手不得手をよく分かっていました。逆に日本人の良い点もよく分かっていたから、もの作りを通して、日本人の良さであるきめ細かい感性や日本独特の価値観からくる文化を世界に知らしめたいとも思いました。そして、それが日本の経済活動に役に立てばいいなと思ったんです。
Q:
米国で仕事をするメリットは何でしょうか。
高橋:
日本の技術を世界に出すことを考えたとしても、日本だとコミュニティの中でしか動かないんです。大学なら大学の研究室の中だけとか、日本の社会は閉じた村社会と言えます。だから、そこにヒットするものが出せれば日本だけで成功するのは正直簡単な話です。でも僕は世界でやりたいと思いました。 米国にも村社会はあるけれど、米国の良いところは、どこの国の技術であろうと、ものがよければそれを受け入れてくれる寛容さです。同じ努力をするなら、米国の方が窓口が広く市場も大きい。その中でチャンスもたくさんあります。 世の中は上流から下流に流れます。ITはシリコンバレーがメッカですから、ここ(シリコンバレー)から展開していったほうが、日本の人々も安心して(笑)使ってくれるはずだと考えました。 Q:
米国で展開しようとしている事業内容について教えてください。
高橋:
DTS(ディティエス)という会社名は、僕が開発した技術の名前をそのまま使っているのですが、この技術は簡単に言うと、今のコンピュータの要素技術に足りないものを追加し、効率のよいコンピュータシステムを実現するものです。情報量の増大によって、現在のコンピュータでは十分に対応できないデータ検索や高速処理を可能にするのが「DTS(データトランスミッションシステム)」という技術なのです。 米国では、「DTS Hybrid HDD (HDD = Hard Disk Drive:データ記憶装置) 」という製品についてのパートナー企業との提携、当社製品のOEM(Original Equipment Manufacturer:他社ブランド製造)による販売、世界に向けた販売チャンネルの開拓に力を入れています。 2008年は、ハードウェアについては、新しい集積回路の設計が完了し、新製品を第3四半期以降に投入する予定です。ソフトウェアについては、DTSパキスタンからの直接サポートに加え、ヘルプデスクもパキスタンのコールセンターを活用して立ち上げる予定です。 その他、詳細はまだ言えませんが、DTSの技術を活用したWebサービスの立ち上げを計画しており、シリコンバレー発のビジネスになるはずです。 Q:
起業してからの事業計画は順調ですか。
高橋:
時間のずれは多少ありますが、予定通り進んでいます。日本のDTSは、3〜4年後を目処に株式公開する方向で準備を進めています。
Q:
シリコンバレーで成功する鍵は何だと思われますか。
高橋:
人間は自分の経験した範囲でしかものを考えないので、自分の持っている知識や概念だけで仕事をしようとすると絶対に失敗しますね。 米国には寛容さはあるけど、それでもその中にはやっぱり村社会(コミュニティ)があって、そこに入り込まなくてはいけない。彼らの中の一員にならなくてはいけないのですが、その仕掛けができるかどうかですね。日本で売れているから米国でも売れると思い込むのは大きな間違いであって、こちらのコミュニティの皆が理解できるものでないと何も動かないんですね。 米国のコミュニティに入って、要求を聞いて、そのカスタマイズを提供出来るかどうかが成否を決めるのではないでしょうか。 Q:
高橋さんの国際的な感覚や、考え方はどのように培われたのでしょうか。
高橋:
昔から海外の人とコミュニケーションとるのは苦手ではありませんでした。留学したわけではありませんし、英会話を習ったわけでもなかったのですが、何故か高校のときから英語を話すことができましたね。勉強は全くしませんでしたが言葉が問題なく話せたので、海外の人とのコミュニケーションに不自由したことはありませんでした。
Q:
不思議なお話ですね。どのような幼少時代を送られたのですか。
高橋:
そんな質問が来るとは思わなかったな(笑)。 東京の下町生まれで江戸っ子です。勉強せずに自分の好きなことだけしてました。小学校時代から自分でラジオ、テレビ、天体望遠鏡を作ったり、おじいちゃんの家を自分で全部改造して、スタジオにしてしまい、そこにエレキやドラムを置いて作曲や音楽活動をしたり・・・。遊んでばかりいました。どら息子というか、馬鹿息子でしたね(笑)。 Q:
自由な家風がよかったんですね(笑)。でも勉強もできたんでしょうね。
高橋:
先ほど英語は問題なかったと言いましたが、大学の試験なんかは、英語以外は全部満点なんですけど、英語だけ50点とかなんですよ。僕はへそ曲がりで、英語の単語にイントネーションをつける問題なんか、答えが分かっていても、イントネーションはそこでないと思ったらそこにつけないんですから。子供ながらに意地っ張りだったんですね(笑)。
Q:
パキスタンでは空港の送迎に護衛がつくという噂がありますが。
高橋:
パキスタンにあるDTSのソフト開発センターの取締役が、ムシャラフ政権の要人の息子なんです。だからパキスタンでは、僕は常にVIP扱いで、空港についてもイミグレーション(出入国管理)で待たされたことがないんです。政府から迎えが来ていて、かばんも持たずに出て行くと、空港の前にパトカーがずらっと並んでいて、護衛の人とライフル銃を持った人達に護送されるように出て行くんです(笑)。 パキスタン滞在中は向こうの大臣達と一緒に、9時のニュースなどテレビにほとんど毎日出ていますし、新聞にも毎日載っています。パキスタンではちょっとした有名人なんですよ。日本や米国では違いますが(笑)。 Q:
(モータースポーツの)フォーミュラ4の全日本チャンピオンだったとか。
高橋:
そういう噂もあるようで(笑)。 1985年にはトヨタ、1990年には本田、2001年にはスズキの車に乗って全日本チャンピオンになりました。今は、DTSの株主との関係で危険なスポーツはやってはいけないことになってしまいましたが、日本自動車連盟(JAF)の雑誌の表紙に載ったり、雑誌に13年ほど寄稿したり、ビデオを出したりもしました。全部趣味ですけど。 僕はもともとエンジニアなので、自動車やサスペンション、タイヤの設計なども出来るんです。このサーキットではこういうタイヤのほうがタイムが出るとか分かるので、自分で設計・指定し、それをメーカーさんに伝えて、一緒に開発をしながら自分のレースをやっていたんです。 Q:
走ることによって人生観が変わったということはありますか。
高橋:
スポーツすべてがそうですが、スポーツを突き詰めていくと人間の本能をどんどん突き詰めていくことになるんですよ。学問も芸術も同じですが、人間というのはすばらしい生命体で、自分が必要だと思えば体も脳もその通りに動くんです。自分が力持ちにならなくてはいけないとなったら力が出てくるし、早く動かなくてはいけないとなったら早く動ける。 だから、1000分の1秒を争って速く走らせることを考えていると、常に最適なドライビングをすることができる。路面の状況は、フロントタイヤからの情報として、ハンドルを握ったときに手の平から入ってくるし、リアタイヤのヨーイングモーメント(左右への回転運動)もシートを通じて腰から入力されてくる。体全部がセンサーになっていくのです。そしてその通りに走れる。人間はそうしなくてはいけないとなったらその通りにできてしまうんですね。何度もそんな経験をしたら、人間とはそういうものなんだと思うようになりました。「才能がある」、「才能がない」というのは関係ないですね。 体がそれについていけるかどうかというのは、実は精神的なことがとても重要です。それは、脳の集中状態に大きく影響するんですが、脳を11ヘルツから13ヘルツの周波数のアルファ波を出す状態にすると精神状態が安定し、体と心が同化するんです。これには少々訓練が必要ですが(笑)。 Q:
その訓練したいです。でも、もう遅いですか。
高橋:
いや、今からでもできます。ぜんぜん問題ないですよ(笑)。
イメージすることですね。僕はスポーツの大会の前やレースの前は2時間程座禅を組むんですが、集中していくと、仏教用語で“四方八中”と言いますが、始めは点としての集中から、そのうち高次のレベルの集中になると四方八方のすべて方向からの物事が手にとるようにわかる状態になります。これが無意識レベルの集中で、この状態に達すると、すべてのことが分かるようになります。自分の心をそこに持っていけると、すべてがコントロールできるんです。 これは勉強でもスポーツでも同じことで、人間は皆そういう潜在能力を持っているんですよ。 Q:
頑張ってみます。ちなみに今一番興味があることはなんですか。
高橋:
たくさんありますが、勉強は毎日してます。今でも日本にいるときは東京大学大学院新領域創造研究科の研究員としてDTS技術の研究を続けていますし、土日は大学の研究室にいることが多いですね。
Q:
大変多忙な毎日を送られていますが、早くのんびりされたいと思いませんか。
高橋:
早くリタイアして、余生をゆっくり過ごすというのは20世紀的な発想であって、これからは世のため人のためになることをして、自分の生きた証(あかし)にすることが大切だと思います。 環境問題も、人間達のエゴによって自然界のバランスを崩してしまったから発生した。自然界は相対的なバランスが大事なんです。何かが狂ってしまうと、すべてに波及してしまう。 人間の生きている時間は長くなく、仕事に生きる時間も遊ぶ時間も限られています。60歳でリタイアして、お金をたくさんもらったからそれでいいというのでは、人間としての義務を果たしていないと思います。後輩達や日本の若い世代に何をしてあげられるかということを考えていかなくてはいけないし、これからはそういう社会になると思っています。 Q:
最後に、米国進出を考えている日本人の方へのメッセージをお願いします。
高橋:
米国にはチャンスがたくさんあるから、日本の方々にもどんどん出てきて欲しいと思いますね。人口問題や資源不足などの問題を抱えた今の日本が、経済大国としての立場を維持できるかと言ったら難しいでしょう。これからの日本は、21世紀を生きていくために世界でのポジショニングを決めていかなくてはいけない。それを作っていくのは僕達の世代だと思うんですね。 一国民として自分に出来ることは、日本の技術を米国に展開して成功事例を作り、それを次の世代の日本の後輩達に伝えていくことだと思っています。 |